若い彼女の死に斎場の空気は張り詰めていた。

知り合いがいても目を合わせるだけで誰も声をかけることはなかった。記帳を済ませ式場に足を向けたその瞬間、息をつくような良い匂いのカサブランカの香りが式場から溢れ出て私を包み込んだ。

一瞬深い悲しみを忘れそうになった。

重い足を進めた視線の先には、白を貴重にした花々に囲まれた美しい花祭壇の中で彼女は笑っていた。

白い花が遺影を囲むように活けられている。

その笑顔は私がよく知る優しい顔のとても彼女らしいものだった。

祭壇の彼女はなぜか少しうれしそうに見えたのは私だけだろうか。

開式の時間が近づくにつれ周りが慌ただしくなり始める。

私は彼女が正面に見える席を選んだ。

心のなかでどこか諦めていたこの悲しい別れに、ただしっかりと見送ろうと視線をそらさず遺影を見つめた。

近くですすり泣く声が聞こえる。友人だろう。最後にあった時のことを3人の女性が話しているのが聞こえてくる。私以外の友人がいても当たり前なのだけれど自分の中に少しだけ嫉妬に近い気持ちに気づく。

少し落ち着いたその女性たちは私の前を避け席に着いた。「なんて彼女らしい遺影なの」「こんな綺麗な祭壇見たことがない」「こういうのを花祭壇って言うのね」「なんだか嬉しそうね」と目頭を押さえ黙ってしまった。

開式の時間の間際お母さんが私たちを見つけこちらに歩いてくるのが見えた。けれど私は直視できないと思い意識的にうむいた。

三人の友人たちに「ありがとうね。忙しいのに。本当にありがとう」と言うのが精一杯のお母さんだった。

落ち着いた声のお経の中、彼女との出会いから今日までの記憶をたどっていた。

10数年前仕事で出会った私たちはすぐに打ち解け、心を許せる仲になるには時間はかからなかった。

いつも彼女は私の拙い話に、はにかんだような笑顔で優しくうなづいていた。

私とは正反対の穏やかで控えめな、いつも私の後ろに隠れるような今時珍しい女性だった。

もっと自分を出して自己主張する時があってもいいのにと、何度も言ったこともあった。

そんな時も彼女はたいてい恥ずかしそうに笑って聞いているだけだった。

家飲みが流行っていた頃自分たちへの「ご褒美会」と名打ってお互いのマンションを行き来ししていた。

私の部屋を初めて訪れた時玄関の花瓶のひまわりを見て「いつも明るいあなたらしいわ」と言ってくれた。

大好きだった今は亡き女優の夏目雅子さんがひまわりが好きだと聞いてから、私もひまわりが好きになった。

亡くなってから20数年経つだろう。記憶は定かでは無いけれど、夏目雅子さんはひまわりの花祭壇で美しい微笑みで笑っていたと思う。

葬儀儀礼において花祭壇が注目され始めたきっかけはあの人ではないか。

その人とは、夏目雅子さんかもと思ったりした。

そんな話をしながら楽しく飲んでいると、彼女はかすみ草が好きだと言った。

小さいころ遊んだ田舎のおばあちゃんの畑に、かすみ草がいっぱい咲いてとても綺麗だったと話していた。

深く聞きもせず私も「あなたらしわね」と言っただけだった。

それから随分時間が経って体調が悪いと聞いて、彼女に何がほしいと聞いた時も「かすみ草がいいな」と言っていた。

そんな彼女が今日は好きだと言っていたたくさんのかすみ草に囲まれ、見事な花祭壇の中で花が咲いたような優しい顔で笑顔で笑っている。

白を貴重にした花祭壇はかすみ草の他にかぐわしい香りを放つユリと胡蝶蘭で設えられていた。本当に彼女らしかった。

花には詳しくないけれど、かすみ草の花言葉は清い心・親切。何もかもが彼女らしいと思った。

気が付けばお経は終わりお寺様の法話が始まっていた。この式場に入ってきた時に綺麗な花祭壇を見てお寺様は驚かれたと。

彼女の田舎のおばあちゃんは亡くなるまで、かすみ草を栽培し花屋さんに卸していたそうです。

おばあちゃん子だった彼女は命日になると必ずかすみ草の花束を持ってお墓参りに訪れていたと。

けれど二年ほど前から命日になっても姿が見られないことをとても心配していたということでした。

そして最後に葬儀というのは亡くなった人を悼むことは勿論。おくる人が悔いのないように精一杯思いを尽くして、おくる心が大事だとお話されました。

席を立とうとする私見つけ、お母さんは手を握って「あの子らしい花祭壇でしょ?

大好きだったかすみ草をいっぱい使ってもらったの」とあふれる涙を拭おうともせず、お母さんはそれだけを言うのが精一杯だった。

その手は折れてしまいそうなほど細くとても冷たかった。

たとえ家族であっても故人の人生のすべてを知ることはできない。けれど彼女のご両親は最後娘にできる精一杯の思いががこの花祭壇に表れていた。

娘を理解し心から愛していたのだろう。そんな彼女が羨ましかった。最後にもう一度祭壇の彼女に声をかけようと振り向くと、空調の風にかすみ草が揺れていた「ありがとう。また会おうね」と声をかけ私は斎場をあとにした。

花祭壇のギャラリーをぜひご覧ください。