花葬儀を選んだ理由
かゆいところに手が届くような、きめ細やかな心遣いが決め手です
母は病気が見つかってから、たった10日で亡くなってしまいました。突然のことで気持ちの整理もつかないまま、葬儀の準備を進めることに。葬儀紹介サービスにも相談しましたが、ご提案いただいた内容はどこか画一的な印象で、母らしく見送るには少し物足りなさを感じました。
そこで、さまざまな葬儀社のホームページを見ていたところで見つけたのが花葬儀さんです。母は花が大好きだったので、妹と「ここなら母らしいお見送りができるかもしれないね」と話し、相談することにしました。
翌日には担当の小玉さんがお越しくださり、「お母さまの枕元に」と綺麗なお花をそっと手渡してくださいました。そして、私たちの話に親身に耳を傾けてくださったのです。
かゆいところに手が届くような細やかな心遣いに触れ、「ぜひお願いしたい」と自然に思えました。
打ち合わせでは、母との思い出や人となりについて、たくさんお話ししました。母らしいお見送りの形を一緒に考えられただけでなく、母との思い出を振り返ることそのものが、私たちにとって母を心に刻む貴重な時間になったと感じています。
花葬儀を体験して良かったこと
花と歌でお見送り。スタッフの方たちと一緒に歌い、和やかな葬儀になりました
生花の御免状を持つほど花が好きな母だったので、華やかに見送りたいと思っていました。実際の祭壇は想像以上に豪華で、母も喜んでいたと思います。出棺前にはたくさんのお花を棺に納めたのですが、母が花に埋もれているような光景に、思わず笑みがこぼれました。
また、母に履かせる靴下として、深く考えず五本指ソックスを持っていってしまいました。足はすでに硬くなっていたにもかかわらず、スタッフの方が一本一本の指に丁寧に履かせてくださったのです。その姿から、母を大切にしてくださっていることが伝わり、とてもありがたく感じました。
妹が印象に残っていると話していたのは、讃美歌で母を見送ったときのこと。歌う準備をしていると、スタッフの皆さんが「私たちも一緒に歌ってもよろしいですか」と声をかけてくださいました。ただ仕事として対応するだけではなく、母への想いを共有しようとしてくださる気持ちが伝わり、とても心に残ったそうです。
後日、当日の録音データを送っていただき、聞き返してみると、スタッフの皆さんの歌声も入っていました。
私たちと一緒に母を温かく送り出していただけたのだと実感し、胸がいっぱいになりました。
お母様はどんな方でしたか?
まるで朝ドラの主人公。さまざまな場所で挑戦を重ね、人生を謳歌していました
母は佐賀県の陶磁器卸問屋を営む家に生まれ、大学では演劇に打ち込み、卒業後は大阪の新聞社で働いていました。「女に勉強は必要ない」と言われながらも、その言葉に負けることなく、自分の信じた道を歩み続けました。
結婚後は父の転勤で神奈川県へ移り、幼い子どもを育てながら30歳で音楽大学に入学。厳しい先生の指導に悔し涙を流しながらも、大好きな歌を学び続けました。
その後自宅で長年ピアノを教えながら、合唱や華道、俳句などを楽しみ、生涯を通して挑戦を続け、どんな環境にも溶け込みながら人生を前向きに楽しむ人でした。
子育てに一生懸命だった母。子どものために優しい嘘をつく人でした
私も妹も野菜が大好きなのですが、それは母がいつも「美味しいね」と一緒に食べてくれたからです。
ところが、大人になってから、母自身は野菜が苦手だったことを知りました。苦手な野菜も平気なふりをして食べていたのは、私たちに好き嫌いなく育ってほしいという思いがあったからだそうです。
そんな母は、「女は目立つな」と育てられた経験があったからこそ、私や妹には「女だから」という理由で何かを制限することはありませんでした。時には厳しく接しながらも、いつも子どもの将来を思い、育ててくれたのだと感じています。
歌と旅、そして人との縁に恵まれていた人でした
両親ともに歌が好きで、地域の合唱団に参加したり、児童合唱団を立ち上げたりと、精力的に活動していたことを今でも覚えています。私も妹も幼い頃からその輪の中で育ち、自然と音楽が好きになりました。
合唱を通じて多くの仲間に恵まれた母は、明るくさっぱりとした性格で、海外旅行にもよく出かけていました。手帳はいつも予定で真っ黒でしたね。
妹とはトルコ旅行に行き、80歳を過ぎてからは私とディズニーシーでジェットコースターにも挑戦。好奇心を忘れず、毎日を楽しむことがとても上手な人でした。
こんなご葬儀でした

お式への要望
花と音楽に包まれた、母が喜んでくれるような空間にしたいと思いました
〇明るくて華やかなものが好きだったので、カラフルなお花でいっぱいの空間にしたい
〇音楽が好きだった母を、たくさんの音楽で見送りたい
〇いつも一緒だったぬいぐるみと、母の自分史を飾りたい
実際のご葬儀
〇ご家族が合唱やピアノ、篠笛などを演奏され、たくさんの音楽でお見送りしました
〇ピンクやオレンジ、イエローなどの華やかなお花と、生まれ故郷の九州のお花で飾りました
〇お母様が大好きだった胡蝶蘭をお贈りしました
葬儀を終えての感想はいかがですか?
悲しいけれど、清々しい気持ち。母も楽しんでくれる葬儀になりました
母は亡くなる前に「私は幸せだった、ありがとう」と言ってくれました。そんな言葉を娘にかけてくれる母を、心から素敵だと思います。私が「お母さんの子で良かったよ」と伝えると、母は「光栄です」と返してくれました。人生を生き切った母。本当に天晴れな人でした。
そんな母が喜んでくれるようなお見送りになったのではないかと思っています。私たち家族にとっても悔いのない時間となり、妹は「悲しいけれど、爽やかで清々しい気持ち」と話していました。
葬儀では音楽が好きだった母のために、たくさんの曲を献奏しました。妹が篠笛で賛美歌を奏で、私は独唱し、母が大好きだったモーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を家族で合唱。楽譜も棺に納めたので、少しダメ出しをしながら、母も一緒に口ずさんでくれていたと思います。
葬儀が終わると、花葬儀さんは「形に残るものを手元に置いてほしい」と、母が大好きで部屋いっぱいに飾っていた胡蝶蘭を贈ってくださいました。そのお気持ちとともにありがたく受け取り、今も大切に育てています。
最初から最後まで寄り添っていただいたおかげで、母らしいお見送りができました。家族一同、心から感謝しています。
エピソードとお写真、映像は、ご家族様のご許可をいただいて掲載しております。














