花葬儀を選んだ理由
選んだというより、自然と花葬儀さんにお願いしたいと思えたのです。
父が病院で亡くなったのは本当に突然のことで、葬儀社を選ぶ余裕などまったくありませんでした。深い悲しみと動揺の中で、ただ葬儀を南多摩斎場で行うことだけは決まっていたため、斎場に電話をしたところ、花葬儀さんをご紹介いただきました。病院へ父を迎えに来てくださった方が、すでに花葬儀のスタッフさんだったのだと思いますが、そのときは母や姉、兄、わたしも気が動転しており、斎場の方だと勘違いしていたほどでした。
後日、打ち合わせのために自宅へ来てくださったとき、「うちはその名の通り、お花を大切にしている葬儀社です」とお話しいただき、過去の花祭壇の写真を見せていただきました。「この方はこういうテーマで、こういう花祭壇でした」と、一つひとつ想いを込めて説明してくださる姿が印象的で、そこで初めて「ああ、花葬儀さんに葬儀をお願いしたんだな」と実感しました。
慌ただしい状況の中で、丁寧な説明や花へのこだわりで安心感を持てたことが、花葬儀さんにお願いしてよいのだと思えた理由です。選んだというより、流れの中で自然と「この方々に任せたい」と思ったのでした。
花葬儀を体験して良かったこと
父らしさを形にするための丁寧な提案に、葬儀の概念がくつがえりました。
打ち合わせの際、まず「お父様はどんな方でしたか」と尋ねてくださいました。そこで、父の趣味がカメラであった話をすると、「それなら写真を飾れる祭壇にしましょう」とご提案くださったのです。
具体的に花祭壇をつくる過程も、今まで持っていた葬儀に対する概念がくつがえるものでした。普通であれば、カタログにあるいくつかのパターンから選ぶものですが、ヒアリングから得た情報をもとに手描きのデッサンを描いてくれたのです。母が「オレンジや黄色の花を入れたい」と話すと、すぐに新しいスケッチを描いてくれ、さらに予算に合わせて調整してくださるなど、何度も描き直してくださいました。最終的には、贈られる供花を祭壇に組み込むご提案をいただき、当初希望していた理想に近い祭壇を実現できました。
そして、心に残っているのは、お花への丁寧な向き合い方です。母は花が好きで式場で花について尋ねたところ「このお花はどこの産地で、どこから運んできたものか」など、花々に霧吹きをかけながら説明してくださったそうです。「とってもうれしかった」と母が言っていました。父を失って深く沈んだ母の気持ちもなぐさめられたと思います。
お父様はどんな方でしたか?
几帳面すぎるほど几帳面。でも、それを人に押し付けることはしませんでした。
亡くなったあと、引き出しを整理していたら、知らなかったようなノートや記録が出てきて、「こんなことまで書いていたんだ」と母が驚いたと言っていました。時刻表が好きで、毎月買っては眺めていました。家族旅行の計画は時刻表を見ながらすべて父が立て、分刻みのスケジュールでした(笑)。
電化製品を買うときも、説明書を隅から隅まで読み、必要なところに付箋を貼るほど。いくつものメーカーのカタログを持ち帰って読みくらべ、納得するまで選んでから購入していました。
几帳面すぎるところもありましたが、それを人に押しつけることは決してなく、自分の中で完璧を求めるような人でした。
穏やかで優しい父。人生の岐路に立つたび、いつも助けてくれました。
末っ子だったわたしは、幼少期は父の膝の上にいることが多く、いつも可愛がってもらいました。大きな声で叱られた記憶はほとんどありません。
勉強をしろと言われたこともありません。母が業を煮やして「子どもたちに、勉強を教えてあげたほうがいいんじゃない」と言ったときも、父は「勉強は人に言われてするものじゃない。教えてくれと頼まれたら教える。だから、勉強しろとも教えるとも言わない」と答えていました。
その言葉どおり、何か困ったことがあると、父はいつもきちんと話を聞き、適切な答えをくれました。人生の岐路に立つたび、最終的には父が助けてくれました。
写真や絵で日々を記録し、家族に自分の歩みや想いを残した多趣味な父でした。
とにかく多趣味で、中でもカメラはいつも手に持ち、家族や日常の何気ない風景をよく撮っていました。そして、家族の写真をアルバムにまとめてくれたのは母。姉、兄、私それぞれに成長のアルバムがあり、3人とも今も大切に持っています。絵を描くことや本を読むこと、オーディオでクラシック音楽を聴くことも好きでした。風景画を描くのが得意で、兄は父の描いた絵を気に入り、すべて譲り受けたほどです。
それらの絵には父らしく「何月何日にどこへ行った」と細かく書かれており、兄は「いつか父の行った場所をたどってみたい」と話していました。父はきっと、作品や記録を通して、自分の歩いた道や想いを私たちに伝えたかったのだと思います。
こんなご葬儀でした

お式への要望
父が撮ってくれた家族の思い出の写真を飾りたい。
〇最後に感謝を込めて体に触れる機会として湯かんをしたい。
〇優しかった人柄がイメージされるオレンジや黄色の花を使ってほしい。
〇特に写真が趣味だったので、できれば写真を飾りたい。
実際のご葬儀
〇式場入口に『村田襄写真展』の看板をご用意しました。
〇思い出のお写真やカメラを、イメージカラーの優しいオレンジ色のお花とともにお飾りしました。
〇撮られた写真の中から選りすぐりの10枚を引き伸ばして祭壇に組み込み、それ以外のたくさんの写真アルバムは祭壇脇のメモリアルコーナーに置きました。
葬儀を終えての感想はいかがですか?
子どもたちが中心となって、父の写真や好きだった品を飾り付け、手づくりの葬儀で送り出せたことが、深く心に残っています。
湯かんは、感謝の気持ちを込めて最後に体に触れられる貴重な時間ですから、最初から希望をしました。家族で「ありがとう」と声をかけながら父の体を洗うことができ、やはりやってよかったと思いましたね。わたしの息子も連れて行ったのですが、泣きながら「じいじ、ありがとう」と言っており、とても貴重な経験になったと感じています。
葬儀を振り返って何より感慨深かったのは、準備を私たち子どもたちが中心となって進められたことです。実家に集まって父が撮った写真のアルバムを引っ張り出し、思い出を語り合いながら飾る写真を選んでいきました。好きだったお酒や趣味の絵なども式場に運んで皆で並べ、「父のために自分たちの手で葬儀をつくっている」という実感を持てました。最後に、子どもたちが協力して父を送り出せ、感無量とはこのことでした。
そして迎えたお通夜の日、式場に入ると『村田襄写真展』と書かれた案内板が目に飛び込み驚きました。しかも、そこには父が愛用していたカメラの写真があり、メーカー名が「MINOLTA」ではなく「MURTA」と加工されていたのです。「そうきたかー」と、悲しいはずなのに、少し笑ってしまってうれしくなりました。父らしさが詰まった式だと多くの方からお言葉をいただき、花葬儀さんにお願いできた偶然は本当に幸運でした。
エピソードとお写真、映像は、ご家族様のご許可をいただいて掲載しております。














